社会不適合者と割り切って、人と違う生き方を歩むのもアリだと思う。

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Web集客の専門家、俵谷 龍佑(@tawarayaryusuke)です。

人間関係や仕事が上手くいかなくて、自分はどこか異常なのかなと自信喪失して悩んだ時期が僕にはありました。

しかし、僕はメンタルクリニックに行き、診察を受けてADDの傾向があると診断されたのを機に、「自分は社会不適合者であること」に悩まず、人と違う生き方をしようと思えるようになりました。

「社会不適合者」って何を基準にしてる言葉なのか?

そもそも、社会不適合者というものは、何を基準にしているのか?

となると、僕はやはり「世間一般」だと思います。

最も多いタイプから逸脱しているから「社会不適合者」扱いになる。

確かに社会でみたら、そうやって括った方が合理的だし、社会は回りやすいかもしれません。

しかし、人間というもう少し大きなところから見たら、社会不適合者は必ず一定数出てきます。それはいてしかるべきものだと思います。

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僕はここに気がついた時、「この世に認められていない価値のない存在」と思わずに、「絶対数存在してないといけない存在」と置き換えて考えるようにしたのです。

社会不適合=特殊な存在ということかも

よく捉えれば、社会不適合者とは「特殊な存在」なのかもしれません。

社会のルールに合わない、

歩調を合わせられない、

周りとは浮いた行動をとってしまう

裏を返せば、社会を変えていける、既存のルールを壊していける、そんな存在になる可能性は秘めているかもかも

まあ、そう思いたいですね。

人と違う生き方、面白い生き方って?

社会不適合者だから、じゃあ人と違う生き方を歩んでいこう。

でも実際、人と違う生き方ってよくわかりませんね。

僕は独立してから、様々な人に会ってきました。

その中で、面白く人と違う生き方をしている人を何人も見てきました。

今回はその一例を下記に書いておきます。

続きはこちらからどうぞ

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俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

新卒入社から半年で社内失業に。社会不適合を自覚して2015年4月に独立。チームで働くのが苦手でWebを使って「マイクロ起業」を実践中。 ライター/ブロガー。音楽×地域活性×ITでオモシロイことを仕掛けるべく、音楽イベント団体「Musicrowd」を運営中。 試行錯誤しながら、薬に頼らずにADD(注意欠陥障害)の症状を改善する方法を模索中。元吃音者(今でもラ行の発音は苦手)
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