プロフィール

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ここでは、管理者である僕の紹介を書いていきます。

FUNNARY-Writing Office(旧おれじなる)とは?

元の「おれじなる」というブログタイトルには、「自分らしくなろう」という意味が込められています。

このブログはもともと、「自分の個性を出し、生き生きと過ごす・働く人を増やす」ことができたらと思って設立しました。

僕自身、ADHDとASDという発達障害であり、そのことから人一倍、自分の欠点や長所について考えることが多くありました。

2019年に入り、僕自身を取り巻く環境や自分の考え方も徐々に変化したことと事業規模が拡大したため、「遊びが仕事に、仕事を遊びに。」というテーマを残しつつ、屋号を「FUNNARY」に決め、これをサイトタイトルにしました。

「FUNNARY」には、Fun(楽しい)Fan(ファンを作ろう)、そして上品に明るく陽気なさまという意味を表す京言葉「はんなり」もかかっています。

「楽しいこと、好きなことに没頭し、自分らしく生きることで、周りから応援される人になる」そういう人を増やしたい思いから、この名前を付けました。

管理人ってどんな人?

ふざけること大好き、でもマジメなことも好きな黄金の88世代。マー君や卓球の愛ちゃんとも同級生のゆとり世代代表格です。

さらに細かい経歴はこちらをクリック!

初めに読んでもらいたい7記事でも、自分の普段の活動や考えていることが分かります!

華やかな芸能の世界に憧れる少年時代

小学校から、華やかな芸能の世界に憧れて「歌手(ミュージシャン)で食べていきたいなー」と漠然と思っていました。

大した活動もせず、大学4年間はバンドサークルに入ってドラムを叩くだけでくすぶりながら過ごしていました。

その後は、なにをしたいのか分からずに、とにかく軸も定まらずにフラフラ。

生き迷った20代。”詐欺師”のカモにされる

就職活動をしていましたが、やはりミュージシャンになるという夢は諦めきれず、音楽の専門学校のオープンキャンパスに行き、入学を決意。

しかし、入学直前で「音楽の専門学校に入学しても、将来性が見えない」と判断し(てかビビっていただけ)、入学直前に転部届けを出し、音楽と同じくらい興味があったWeb広告デザインの学部へ。

しかし、入学した学部は、紙媒体メインのデザインの授業ばかりで、Web広告についてあまり学ぶことができませんでした。

専門学校2年生の頃、初めて起業家と呼ばれる人に出会い、「自分で事業を持ちながら某かの音楽活動をする」のが自分の理想と気がつきます。

そこから、狂ったように色々な起業家やビジネスマン(今思えば、全部怪しげな勧誘マンでしたw)に会いまくりました。

そんな中、儲け話にまんまと騙されてしまい、投資詐欺に50万円を支払い、さらにうさんくさいビジネス塾にもお金を注ぎ込んでしまい(モノを売る前にやめました)、計80万円が水の泡と化しました。結果親に肩代わりしてもらいました。

結局、専門学校は1年半で中退、シェアハウス事業で独立するものの、トラブル続きで大揉め。

半年で事業は終了、個人でフリーランスをやるものの、月1万円程度の仕事しか得られず、軽いうつ状態に陥って実家に引きこもりがちになってしまいました。

大手企業に入社。しかし、半年で”社内失業”

そこから一年発起し、大手IT企業に入社し一人暮らしを始めるものの、社会不適合っぷりは全く治っておらず、わずか入社半年で社内失業状態になりました。

このままでは社内にいるのも地獄状態、転職するにもロクな実績がない・・・。

ここが僕の人生のターニングポイントであり、どん底でした。

「音楽で食べていく」夢を思い出し、独立。

そこから人生設計を本気で考え、小さい頃から考えていた「ミュージシャンで食べていく道に本気でチャレンジする」という気持ちと向き合うことを決め、ノープランで会社を退職してフリーランスに。

ADHDの診断をもらったのも、ちょうど会社をやめてすぐの頃。うっかりミスの原因が障害ということが分かり、ホッとしたようなショックなような複雑な気持ちだったのを今でも覚えています。

フリーランスになり、「ライター」という仕事を未経験ではじめました。

このライターという仕事に出会い、仕事は楽しいものという事に気づきました。(実績はこちらにまとめています)

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仕事をもらい続けていったところ、独立からわずか10ヶ月で新卒初任給を越えてアルバイトも卒業できました。(詳細はこちら※外部記事です

フリーランスの仕事が軌道に乗った頃、音楽で食べていく足がかりとして、まずは音楽イベント団体「MUSICROWD」を立ち上げ、音楽イベントを開催するようになります。

年間で70本近くのイベントを打ち、徐々に来る人の数も増えていきます。

しかし……肝心の音楽活動は順調ではありませんでした。バンドで活動しようと思っていましたが、団体行動が苦手な上に、良いメンバーも見つけられず、チームでやっていくことを断念。

自分で歌ってソロ活動をすることに。とはいえ、人前どころかカラオケでも歌ったこともなかったので、ボイトレに行くことにしました。

やりたいことが分からなくなった

独立4年目、ボイトレなどと並行して、ライター、音楽イベントだけでなくBARの運営など、多方面にいろいろなチャレンジをしていました。

気づいたら多忙になっていました。「なぜ、自分は音楽で食べていきたいと思っているのに、こんなに他のことで忙しいのだろう」

自分のやりたいことと真剣に向き合った結果、「歌うこと」が死ぬほど嫌になってしまいました。完全に心がポキっと折れてしまったのです。

独立のきっかけでもあり、自分の支えとしてきた「音楽」が急になくなり、自分がやりたいことはなんなのかわからなくなりました。

「人に気づきを与える」という核に気づけた

整理するために、ペンとノートを持ち、ホテルに引きこもった日もありました。

そのくらい悩み悩んで、徹底的に自分の頭の中を整理しました。

そこで、音楽というさらに奥深くにある「人に気づきを与える」という自分の核を見つけることができました。

手段は音楽だけじゃない、今しているライターでも、なんなら動画でも、カウンセリングでも。

選択と集中。自分の役割を見つけられた

5年ほど回り道をし、自分の強み、役割は「じぶんらしく生きる」ことを体現していくことだと気づくことができました。

つまり、今までやっていたライターの仕事、働き方そのものが自分にとって天職でありやりたいことだったのです。

ここに気づけたことで、ライターの仕事に全力で振り切ることができ、仕事が増えただけでなくキャリア相談、セミナー登壇などのご連絡をいただく事も増えました。

そして、昨年末に「新しい働き方LAB byランサーズ」と出会うことができ、コミュニティマネージャーに就任させてもらいました。

新しい働き方LAB by ランサーズ
ランサーズと全国のフリーランスの共創による、つながり・気づき・学びをコンセプトとした「新しい働き方コミュニティ」。専業・副業・複業をはじめ、これから新しい働き方をしたい人も集まる場で、誰もが自分らしく働ける社会づくりを目指します。

自分らしい働き方の”ロールモデル”となり体現していく

ブログを更新している理由も、SNSもやっている理由も、全てこれです。

自分がロールモデルとなって、背中で発信していきたい。

そのためには、旅をしながら働いたり、いろいろなことにチャレンジし、楽しくポジティブに生きることを大事にする。

それを今後も続けていこうと思っています。

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俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

フリーランスのWEBライター/編集者。学生時代にバイトを2回クビに、正社員で社内失業を経験。ほぼスキル・貯金ゼロの状態から25歳で独立。音楽イベント団体「MUSICROWD」の中の人。現在は、採用・地方創生を中心にBtoBメディアのライターとして活動。「自分らしい働き方ができる人を増やす」がモットー。新しい働き方LABコミュマネ。 発達障害の強みを活かし生きていく様子をブログで公開中。【海外料理/京都/ドラム/自転車】