「そもそも論」の話ができない人は、知らずうちに他人も自分も傷つける

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「そもそも論」って僕は本当に重要だと思います。しかし、この手の論議を嫌がる人って本当に多い。

「そんなの考えたってしょうがないじゃん」

「そんなの考えるの疲れるよ」

って拒絶反応を示す人が多いのです。

しかし、そもそも論の話ができない人は、とても危険だ、と僕は思っています。

何故、雨止んでいるのに傘さすの?

今日も、雨降ってましたね。

僕からすれば、あんなの降っているとは言わないのですが、にしても、ほとんど雨やんでいるのになんで傘さしているのだろうって、僕は小さい頃から疑問なのです。

だって、鉄槍が降っているわけじゃあるまいし、別に死にやしないのに、なんでそこまで濡れるのが嫌なのかが分からない。

まあ、ある程度降っているのなら分かるんですが、もう95%くらい止んでいるのに、みんな結構傘開いてますよね?何なのかなと。

僕は、たぶんですが「周りが差しているから自分も傘を差す」くらいにしか考えていなんだろうなという結論に行き着きました。

つまり、もう「雨が降っている=傘」という感じで条件反射になってしまっているんだろうなと。

もし、「それは違う!」という意見があれば、教えてください。純粋に理由知りたいので。

んで話を戻すと、こういったことが、僕はそもそも論が抜け落ちていると思うのです。

そんな細かいと思うかもしれませんが、つい最近だとこれとか。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1607/21/news087.html

大体、この手のネットのデマ拡散は、「大変だ!!→シェア」という条件反射で行動している人が広げてしまっています。

そもそも、これはデマなのでは?と疑う習慣、そもそも論を持っていれば、たぶん自制しますよね。前の記事でもこれは話しましたね。

ネットに疎いとか自称しているフリーランスは、ダメだと思う。
今や、ネットリテラシーはフリーランスだけでなく、生きていく上での必須スキルです。...

つまり、知らずうちに、人を傷つける方に加担してしまうということです。

そもそも論ができない人は考える習慣がない

上でも散々書きましたが、そもそも論ができない、したくないって人は、考える習慣がないのです。

考える習慣がないということは、条件反射で何でもしてしまうっていうこと。

これは、とても危険。

「周りがしていれば、自分もする」っていう論理に陥りかねないから。

例えば、自転車の例だと、音楽聴きながら走行するとか。

これ、未だにやっている人いますが、とっくに法律違反ですからね。どんだけ、時代遅れなんだよと僕は白い目で見ていますが。

と、こんな感じに、何かしらの事件に巻き込まれたり、加害者になったりするので、そもそも論は重要なのです。

根底から疑う習慣がないから、苦しい生き方になる

自分の思い込みに気付けない、無意識にセーブしている部分が分からない。

悪く言えば、思考停止しているということです。

根底から疑えないと、自分らしく思い通りの人生を過ごせません。

「それが人生だろ」っていう人がいますが、人生っていうのはより良くしていこうと前向きに生き抜くものじゃないかって僕は思うのです。

諦観していたって何も生まれない。

前向きに生き抜くのに必要なのが、今話をしたこの「根底から疑う習慣」だと僕は思っています。

例えば、「何故、自分はこんなに忙しく働いているのか?」とか。

これについては、以下の記事が参考になりますね。

http://blog.tinect.jp/?p=29902

では、どうすれば「根底から疑う習慣」がつくのか?

それは、日々何となく行っていることをゆっくり行動してみる。

そして、全てに「なんでこれやってるんだっけ?」と問いかけてみる。

ちなみに、僕が今持っている疑問の一部はこちら。

  • なんで、親が偉いのか?
  • なんで、忙しくないといけないのか?
  • なんで、ちょっとの雨で傘差すの?
  • なんで、就職する必要があるのか?
  • なんで、男性は社会人になったら茶髪がだめなのか? 
  • 赤色は本当は青色なんじゃないか?

これらの疑問を見て、何となく疑問の思いどころのポイントの参考になればと思います。

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