これを見て、久しぶりにブログを書こうと思い立った。
3年後の自分へのタイムカプセルとして書こうと思う。この過渡期だからこそ、AIに対して感じるなんとも言えない感覚、あるうちに書いておきたい。もう数ヶ月後に、今の感情が消えている気がしてならない。
なお、これは、毒にも薬にもならないし、AIについて議論する気もないので、ただの日記的なものとして受け取ってほしい。
率先して、AIの情報源になろうとしている人が多すぎる
上の記事でも書いているけれど、今事業でAIを使っている人は、技術スピードが早すぎて、AIの最新情報や効率化を常にしている状態に陥っていると思う。
はたまた、事業相談や壁打ち相手として使っている人もいるだろう。
ただ、アウトプット過多で果たしてインプットはあるのか?という疑問が残る。
ただ、人間の思考や価値観をAIに入力しているだけなのではないか?と思う。この空恐ろしい状態に、私は疑問を持たずに「AIはすごい!」と手放しにとても喜べない。
成果物の期待値は、相互的にインフレし続ける
AIが加速度的に進化し、成果物に対する期待値は相互作用的にインフレしている。
AIでレビューが可能となり、AIで思考が可能となったから、要求水準が常に上がり続けている。AIで効率化した時間を他の大事なことに充てる、が本来の目的であるはずが、一つ一つの要求水準が上がっているがために、結果として前と業務量は変わっていないように感じる、という人は少なくないだろう。
AIで、必死に効率化を望むほど、どこかで主従関係が逆転するのではないか?
AIは相棒で、うまく活用すれば思考をより深く、より広くできる。それは、本当なのか?
人はそんなに賢くない。さらに、AIに理想を求め続け、AIに情報を入力し続け、やがて無意識的にAIの情報源になる未来になるのではないか。
自律して考えるという点では、スマートフォンやパソコンの技術革新とは訳が違う。AIエージェントが自ら宗教を作ってしまった事例があるように、相対しているものは、今まで人間が遭遇してこなかったものだ。
まとめ
かの、ひろゆき氏が、「嘘を嘘と見抜ける人ではないと掲示板を使うのは難しい」という名言を残したが、AIについては、「嘘を嘘と見抜ける人でも、AIを使うのは難しい」だと思う。
分からないから怖い、ではなく、すでに人間を変容させているのだから。たとえば、「この文章はAIで生成したんだろうな」という考えが脳裏をよぎるように。
俵谷 龍佑
最新記事 by 俵谷 龍佑 (全て見る)
- AIは効率化してくれる夢のツールだと思ったが、人間を変容させる怪物だった - 2026年2月25日
- フリーランスは「地雷案件」や「炎上案件」と、どう向き合うべきか? - 2024年5月3日
- 紹介だけで仕事が回る人がハマる落とし穴とは? - 2024年4月27日
- ミスをした人は能力不足?それともルールの欠陥にハマった犠牲者なのか? - 2024年4月18日


