シェアする

センスがないんじゃない、やる気がないだけだ

スポンサーリンク

よく、僕の仕事のことや取り組んでいることを話すと、「僕(私)にはセンスがないから、とてもできないや」という回答が返ってくることがあります。

それは、謙遜だったり僕への敬意を表してくれていて、言ってくれてることだと思うのですが、この「センスが無いから」って言葉って何だか雑な言葉だなあって常々思っていました。

「センスがない」ってやってもないのにどうして分かる?

センスがないと同じような言い回しで、「自分には才能がないから」というのもありますね。

「本当にそれやってみたの?」

「文章が下手でセンスがないから、ライティングなんてできない」と言ってきた知人に思い切って訪ねてみました。

そしたら、「学生時代、国語の成績が悪くて」とどうやら過去のことを引きずっているようでした。

でも、授業ってせいぜい月に数回、そしておそらく半強制でやらされているケースが多い。(元々好きでもない限り)

つまり、本気で取り組んでなかったんじゃないかなと思います。

これは、知人を悪く言っているわけではなく、そのちっぽけな出来事で「文章のセンスをあきらめてしまっている」ことがもったいないってことを言いたい。

でも、これって僕も人のこといえなくて経験あります。

僕も小さい頃、運動が苦手で勝手にセンスがないと決めつけて、高校卒業してからずっと運動から避けていましたから。

勝手に「無理」と思っているだけ、やってみたら意外とできたりする

結局、僕は大人になってから運動の大切さに気がついて、「ジョギング」と「サイクリング」を始めました。

最初は、「運動神経がない自分」が運動をしている姿が想像できませんでした。

しかし、いざ始めてみたら、勝手に「無理」と決め付けていただけということに気が付きました。

僕が運動をすることに気が乗らなかったのは、小学校の時にバスケやサッカーをやってミスの度にボコボコに殴られる、大縄で失敗して大縄で何度も殴られるといういじめられていた頃の黒歴史が蘇るからなんだなということに気が付きました。

ただ、昔の嫌な想い出で臆病になってただけ。

でもやってみたら、嫌な気持ちになりませんでした。むしろ、運動ができるようになって、その嫌な過去の記憶は一段と薄れた気がします。

結局は、やってみないと分かりません。

「センスがない」と決めつけてることが、実は「得意なこと」だったりする

大体、センスがないと思っていることは、過剰に自分で保護柵を作って実は意識していることかもしれない。

もう一つぶっちゃけると、僕は「歌う」ことに興味があったにも関わらず、ずっと逃げてきました。

なぜなら、「声低いから歌は歌えない」と勝手に決めつけてたのです。

でも、最近ふと思い立って、やりたいことを素直にやってみようと思って、歌ってみたらかなり高い声が出て、これもまた自分の思い込みだったことに気付かされました。

僕の地声は、たぶん一般的よりもかなり低いです。(Gackt氏ぐらい?)

でもね、歌ってみたらキー的にはレミオロメンとかポルノグラフィティぐらい出ることが分かったのです。(あくまでキーの話です、まだ歌いこなせやしませんw)

スポンサーリンク

本当にやってみないと分からないし、苦手意識を持っているものが急に「得意なこと」に変わるかもしれません。

もったいじゃないですか!やってもいないのに諦めるなんて!!!

もし、「センスがない」と決めつけていることがあれば、今すぐ本当に「センスがない」か試してみましょう。

もしかしたら、それは「得意なこと」かもしれないから。

▼トラウマから開放してくれるおすすめ書籍▼

スポンサーリンク
The following two tabs change content below.
俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

新卒入社から半年で社内失業に。社会不適合を自覚して2015年4月に独立。チームで働くのが苦手でWebを使って「マイクロ起業」を実践中。 ライター/ブロガー。音楽×地域活性×ITでオモシロイことを仕掛けるべく、音楽イベント団体「Musicrowd」を運営中。

シェアする

よく読まれている記事はこちら
LINE@の登録はこちらから!

登録はこちらからどうぞ↓

友だち追加

Twitterでも情報発信しています