おれじなる

「どうせ自分なんか」から「こんな自分でも」へ導くブログメディア

プロフィール

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訪問ありがとうございます。

ここでは、このブログ「おれじなる」の管理者である僕の紹介を書いていきます。

何を挑戦していくか?

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「どうせ自分は〜」から「こんな自分でも〜」と言える人を増やす」ことです。

きっかけは自分が小学校の時に体験した「いじめ」。毎日殴られ蹴られという日々が卒業まで約3年続きました。幼少期は転勤が多かったために、いつもよそ者扱いでした。

そんな自己を否定せざるを得ない体験をして、「なぜ、他の人と違うことがいけないのか」と常に疑問と葛藤でいっぱいでした。『自分にだって輝ける場所』があると常々頭のどこかで考えていました。

自分の価値を証明できる場所はないかと日々探していた中、高校生の時に初めて行った音楽のライブで友人が演奏しているドラムに衝撃を受けました。この時、自分は「音楽で食べていきたい!」と思うようになりました。

常識を知っていくにつれ、挑戦したい事から遠ざかる

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大学に入学し、念願のバンドサークルに入ってさらに熱は高まる一方。

本格的にプロを目指すべく卒業して音楽の専門学校に入ることを決意しました。そして入学願書を提出し、大学4年の卒業間近の時期。自分は急に怖くなり、同じ学校のWebデザインの学科に変更して入学することにしました。

『バンドをするのには自分を売り込む力が必要』『音楽の専門学校にいってもプロになれる保証はない』という理由で入学しましたが、本当はただただ怖かった。音楽の専門学校に入ってしまえば、もし失敗したときに就職できない、取り返しがつかないと履歴書に傷をつけるのがただ怖かった。

そこから専門中退、起業、大手一部上場のIT企業と聞こえがいいものに、何もしたいのか分からないままもやもやした4年間を過ごすことになりました。

自分は日を追うごとに『自分の想い』『外から見られている自分』の間にギャップを感じ始めました。

将来について深く考えようと思うようになったキッカケは、25歳の時に社内失業をしたからです。理由は本当に些細なミスが積み重なって人間関係が上手くいかなくなった結果でした。最悪の状況に追い込まれて死ぬほど本気で考えました。

自分は将来どうなりたいのか?

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そう考えた時、ずっと夢だった音楽で食べていく道が頭に浮かびました。

一度は諦めかけたけれど、諦めきれないがゆえに何をやっても本気が出なかったんだとその時気がつきました。この出来事をきっかけに、音楽で食べていくという自分の夢に向けて行動を開始しました。

「自分の生き様全て」がメッセージである

会社をやめてから、音楽活動で食べていきたいはずなのに、なかなか行動に起こせずにいました。

音楽で食べていく事が本当に自分のやりたいこと・なりたい姿なのか?

もっと大切なことがあるのではないか?どうしていいか分からずにモヤモヤしていました。そもそもなぜ、音楽をやりたいと思ったのか。

その原点を振り返ってみたら、

自分の生き様をもって「どうせ自分は〜」から「こんな自分でも〜」と言える人を増やす」というメッセージを伝えたかったんだということに気が付きました。

コレに気づいてからさらに大きな広い可能性に気づくことができました。

僕が考えていた音楽とは、「バンドマン」や「ミュージシャン」と手段を限定するのではなく、もっと広く自由で斬新で枠組みに囚われないものであり、自由に活動して良いんだというところに終着したのです。

このブログを通して伝えたいこと

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やりたいことをするには何かを犠牲にする必要は決してない、そしてこの世に不可能はないということを伝えていきたいです。

僕はやりたいことを実現していくことと、現実的な生計を維持するベストな方法を探し続け、このブログを通してみなさんに共有していきます。

おそらく成功の数より失敗が多いと思います。ただ僕は惜しげもなく恥ずかしい失敗もこのブログで紹介していきます。

『自分にもできる!』と小さいころに感じたあのワクワクを感じ取ってもらいたいのです!

僕のざっくりプロフィール

趣味

  • ジョギング
  • サイクリング(富士山5合目走破、しまなみ海道<今治→尾道>片道間>走破)
  • カフェめぐり(表参道エリアは比較的詳しいです)
  • インスタ
  • 海外料理食べ歩き(日本で25カ国以上行きました)
  • ドラム(かれこれ10年近く)
  • 漫画(サンクチュアリ、弱虫ペダル、るろうに剣心は神です)
  • 時間管理

好きなもの

  • 豚のしょうが焼き
  • X JAPAN(卒論に書いたほどの熱狂ファン)
  • 京都、和柄小物全般
  • コーヒー(お酒よりも断然コーヒーでしょ)
  • お笑い(サンドウィッチマン、東京03)

僕の取り扱い

  • 夜は基本お休みモードです、そっとしておいて下さい。(就寝夜23時が基本)
  • 基本は怒りませんが、公共のルール・マナーを破る人は嫌いです(チャリの件とか)
  • お酒(少し)・たばこ・ギャンブルはしません、というよりあまり好きじゃありません。早朝ならノリノリで集まりに参加します。(基本、夜は眠いです)
  • 決して、人見知りなわけではありません。

僕のざっくり経歴

~小学校3年まで

幼少期は、鹿児島、福岡、埼玉、東京と転勤を繰り返していました。作ってもすぐに友達がいなくなる現象に悩む男子。新しい人と交流するのは得意になったが、関係性を継続するのは苦手でした。(てか今でも)この頃から、1人遊びの方が落ち着けました。

小学校3年~卒業まで

小学校を卒業するまで3年間いじめを受けました。

この頃が一番僕にとっての黒歴史。しかし、このときの「絶対に見返してやる」というマイナスの感情が今の僕の原点になっています。この頃から舞台に立つ仕事(芸能界)に興味を持っていましたね。

中学・高校時代

体育会にもオタク系にも踏み切れないぱっとしない中途半端な男子でした。(笑)

しかし、高校2年生の時に友人のライブに行ったのがきっかけでミュージシャン(ドラム)になりたいと強く思うようになりました。音楽の専門学校に行くのはダメと言われたので、一般受験で大学に入学しました。

大学時代

大学時代は、とにかくバンドまみれの時代でした。

バイトで得たお金を全て練習と飲み代につぎ込んでいました。高校の時の「バンドで食べていきたい」という気持ちは高まっていき、結局、音楽の専門学校に行くことを決意しました。しかし、失敗するのが怖くて結局、広告関係の学部に転部し入学。意図せず、音楽とは関係な方向へ進むことになりました。

専門学校時代

初めて起業家と呼ばれる人と出会って、「自分で事業を持ちながら音楽をする」のが自分の理想と気がつきます。

あちこち顔を出すうちに、だまされてしまって借金70万円負う羽目に。本当に何をしたいのか悩んだ末に、起業の道に進むことを決意。就職もやめて、専門学校も中退してフリーランスへ。

フリーランス~挫折まで

とにかく迷走していた1年間で、何やっても上手くいかない時期でした。組んでたバンドもやめてしまって、何をしたいんだかよく分からなくなってうつ状態に。

自分の経験とスキルの不足を感じて、IT企業へ就職します。

就職〜退職まで

就職したものの、なかなか上手くいかず。わずか入社7ヶ月目にして社内失業状態になりました。「自分自身は本当に何をしたかったのか?」という問いにまた戻ってきてしまいました。

「将来、明確なビジョンは見えないけれど、組織に属して働くことは望んでいない」ということに気がついて、退職。

ADDが発覚

精神的に参っていたこともあり、一度メンタルヘルスに受診をしてもらったら、ADD(注意欠陥障害)と診断されました(確定ではない。)周りと自分の違いに違和感を感じていたこと、何かいつもうまくいかない理由が分かって少しホッとしました。

現在

「どうせ自分は〜」から「こんな自分でも〜」と言える人を増やすべく、フリーライター、ブロガーとして活動中!!

いよいよ、音楽活動のプロジェクトが始動。

著者

俵谷龍佑(タワラヤリュウスケ)

俵谷龍佑(タワラヤリュウスケ)

「社内失業」になり、1年で大手企業を退職。その後、ADD(軽度)が発覚。 それを機に、「強みを伸ばす」の重要性に気付き、向いてない事を諦めてやりたいことだけやる人生を目指す。28歳、作曲も歌も未経験という状態から、昔からの夢「音楽で食べていく」ことに向けてようやく本気で取り組み始める。今は、まだ作曲中、歌練習中で、音楽では食えてません。フリーライターで生計を立てています。 [詳細]