「逃げる=卑怯なこと」と思っているのなら、それは大きな間違いです

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俵谷 龍佑(@tawarayaryusuke)です。

「逃げる」っていう言葉、どうしてこうもマイナスに捉えられてしまうのでしょうか?

僕は、「逃げられる」人はそもそも行動できる尊敬すべき人と思っていますよ。

逃げてしまう人は、現状維持する人よりも、よっぽど有能

本能に従えているだけマシです。よく「理性を保て」とかいいますが、理性って本来そんなに頻繁に使うべきものじゃなくて、己の感覚に頼ることの方が重要。

理性ばかり頼りにしていると、自分の感覚がどんどん鈍くなって、しまいには何にも感じなくなる「マヒ人間」になる。

いわゆる、「どうせ自分なんか」状態です。冷め切ってしまうのです。

「逃げる」は卑怯と捉えられがちなようだけれど、 ある種、自分を守ろうとする防衛反応なのです。 生きていくうえで絶対にないといけない能力、そして磨かないといけない能力。

これをおざなりにするとどうなるかというと、いじめを苦に自殺をしてしまったり、ストレスでうつになってしまい、動けなくなってしまうのです。

生きてく上でマストの能力。理性とかそんなのよりもよっぽど大事。

「逃げる」ことを非難してくるのは僻みや嫉妬から。無視しよう

「昔はこうだった~だからこうするべきだ」と能書き垂れてくるやつはどうせロクでもないやつなので、無視しましょう。 自分の後悔の部分と重ね合わせているだけです。

本当に行動できる人は、おそらく「自分の好きにすれば」といいます。だって、行動できる人は思い通りに過ごし上手くいっているから、自分と同じ選択肢を進めるはずですよ。  

選択肢はたくさんあります。周囲の声で勝手に狭まっているだけ。自分が「逃げる」勇気を出せば、なんぼでも広がります。

正しい逃げ方は、自分の価値や存在を埋没させる場所から、徹底的に遠ざかり続けること

 


逃げるなら徹底的に。自分が逃げることに恥じらいを感じていたり、変なプライドを守っているからいけない。

本気で逃げ切り、逃げ続ける。そうすれば、自ずと周囲からは「行動できる人」と見られるようになります。

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俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

ライターの仕事を中心に、小規模事業者さんのWeb集客のお手伝いしています。マーケティングの実験の場として、音楽活動やイベントを開催しております。 ADD(注意欠陥障害)の症状に悩まされながらも日々奮闘しています。

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