見栄はって自分のだめな部分を克服する必要あるの?強みを伸ばすことに真剣であればそれでいいと思う。

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俵谷 龍佑です。

24~5年間、つい最近まで自分のダメな部分にフォーカスして生きてきました。それは、小学校の頃のいじめという苦い体験から全て始まっていました。

「みんなよりも劣っているから、悪いからいじめられるんだ…どうすればみんなに好かれるだろうか?」

常に自分のダメな部分ばかり粗探しして、みんなに好かれようとしていました。

弱みを克服するのは自分の弱みを否定している表れ

私は、昔から人との会話で空気が読めません。(今もそうですがw)他の人が話をしている途中で自分が話してしまう癖があり、こういった欠点を疎まれて小学校の頃に酷いいじめをうけました。

毎日、小学校4年生から卒業するまで必ず殴られていました。蹴りもありましたし、首も絞められました。ひどいときは椅子や大縄で殴られました。こういった過去の経験があったからこそ、「自分の弱みという汚い部分を早く消し去って周囲の人と同じ人間になりたい」と思っていました。とにかく、自分の弱みを受け入れずに否定し続けていました。

弱みに目が向いているときに同時に強みに目を向けることは困難

私はADD(注意欠陥障害)という障害を持っています。症状で言うと、「注意力が散漫」「同時並行に物事を進めようとすると混乱する」「集中力が持続しない」など広範囲にわたります。詳しくは過去記事を参照してください。

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特に私が苦手なのが数字をともなう細かい作業です。前職はエクセルで集計するといった数字を扱う非常に細かい仕事でした。(会社を辞めてから診断されたので、この時は苦手意識があった程度でした)

毎日、ささいなミスで怒られてばかりでした。こういった自分の否定される局面に来た時に、またあの幼少期のいじめの経験がよみがえりました。

「何とか自分の劣っている部分は変えなければ。」

怒られた言葉をそのまま受け止めて、ケアレスミスをしてしまう不注意を直そうと頑張りました。

私は前職の時、自分の強みに目を向けられずにいました。悪い部分や自分の弱みを直そうとしている時に強みに目を向けてしまえば、「自分こんなに強い部分あるし、長所あるやん、じゃあいいや」と逃げてしまうと思い込んでいたからです。本当は逃げてなんていないのに、この時は決めつけていました。

何を基準に「自分のダメな部分」って考えていますか?

何かうまくいかなくなる時、いじめの経験がフラッシュバックして「みんなより劣っている自分が悪い」と考えてしまっていました。「だめな部分ってそもそも何と比較して考えているのか?」そんな根本的なことは考えてもみませんでした。というよりも組織に入ると無自覚的に周囲の意見が正しいと思い込んでいました。もしかしたら考えるのを恐れていただけなのかもしれません。

はたして、周囲の評価は本当に正しいのでしょうか?

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俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

ライターの仕事を中心に、小規模事業者さんのWeb集客のお手伝いしています。マーケティングの実験の場として、音楽活動やイベントを開催しております。 ADD(注意欠陥障害)の症状に悩まされながらも日々奮闘しています。
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