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やりたいことを探すのは楽しいはずなのに、面倒くさく感じるのは何でだろうか?

time 2015/10/08

やりたいことを探すのは楽しいはずなのに、面倒くさく感じるのは何でだろうか?
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俵谷 龍佑(@tawarayaryusuke)です。

本来はやりたいことについて考えることは楽しいはずです。よく子供の頃は「消防士になる」や「サッカー選手になる」など考えていたのに、大人になったらやりたいことについて考えるのが苦痛になりました。なぜなのか、ちょっと考えてみました。

今していることと全く関連性のない「やりたいこと」が見つかるかもしれないから

もし、閃いたやりたいことが今やっていることとまるで関係ないことだとしたら、今やっていることに意味を持てなくなります。

だから、やりたいことを考えることは楽しくないし、辛いのかなと思っています。

私はライターをやっていますが、仮に本当は医者になりたいと思ってしまったら、まるで走っている方向が違います。今まで動いてきた分戻るような、今までの行動が不毛だったという感覚になってしまいます。

やりたいこと探しても、モヤモヤするだけで時間がもったいないと思うから

正直、一人で書いて整理しても、やりたいことというテーマは限界も決まりもないので、どんどん思考が広がっていくし新しい疑問が出ます。結局キリがないと思ってしまうのです。不毛だと。

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たとえ見つかっても、どこかでストッパーをかける自分がいるから

原石的なものが見つかっても、無意識にストッパーをかけている自分がいました。「無理でしょ」「ばかにされる」などネガティブなワードがでてきて、結局、内面から良いアイディアは出ずじまいです。

じゃあ、考える必要はないのか?

最近は一人だとラチがあかないから、色んな人に会って自分のやりたいことや将来の目標を話すようにしました。フィードバックをもらえば、なにか刺激や学びがあると思ったからです、

しかし、いろいろな人と会っているうちにショックなことが起きました。

それは、「自分は一体何者なのか?」自己紹介の時に自信をもっていえないことでした。

ライターはあくまで職業。では自分は何を目標としている人間なのか、ここが言えないのは本当にショックでした。

まとめ

本当に自分が専念したいものは何か、ここが決まらないとなかなか自分は何者なのか、これが明確にならないことが分かりました。

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著者

俵谷龍佑(タワラヤリュウスケ)

俵谷龍佑(タワラヤリュウスケ)

「社内失業」になり、1年で大手企業を退職。その後、ADD(軽度)が発覚。 それを機に、「強みを伸ばす」の重要性に気付き、向いてない事を諦めてやりたいことだけやる人生を目指す。28歳、作曲も歌も未経験という状態から、昔からの夢「音楽で食べていく」ことに向けてようやく本気で取り組み始める。今は、まだ作曲中、歌練習中で、音楽では食えてません。フリーライターで生計を立てています。 [詳細]