ただ「こなしているだけ」の両立なら、今すぐやめるべき

働き方、生き方
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俵谷 龍佑です。

以前の自分はとにかく様々なことに手を出していた。名刺制作してみたり、カウンセリング的なことをしてみたり。色々なことに手を出せば、何か見つかると思っていた。ただそれは間違いということに気がついた。

「両立できている自分すごくね?」となっていただけだった

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両立できていると、「なんだか自分できるやつ」という錯覚に陥るが、この充実感に満たされて満足していたということに気がついた。そもそも両立とは何だろうか?

ただ、集まりに顔出すのが両立?指示された作業を全てのコミュニティーでこなすのが両立?いや、私は全てのコミュニティーで主体性をもってその組織のことを考えて、仕事、業務に取り組み、成果を出すことが両立な気がする。

ただこなしているだけでは、自分の力にならないし、両立している意味すらないと気がついた。

色々なことに手を出しても、余計に不安になる

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以前私はやりたいことが分からなくて、不安だから、何かしていないと落ち着かなくなった。動かないのもダメだが、動きすぎもどうかなと今では感じている。動きすぎれば、余計に何をしたいのか分からなくなり不安になる。

色々なことをすれば、時間がなくなる。そして考える時間がなくなる。結局、頭の中がゴチャゴチャするという負のループに陥ってしまう。

忙しいと、充実感を感じるかもしれないが、肝心の根本的な、「行き先」とか「やりたいこと」は、一向に見えてこない。多忙に身を任せてはいけないと学んだ。

どれも身にならず、中途半端になる

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上にも書いたが、結局、エネルギーが分散して、中途半端になり、あまり身にならない可能性がある。

「ただこなしているだけ」の両立は自分は充実感を得られたが、快楽的なもので、充実感と同じくらいなにかスキルなり経験を得たかと聞かれれば、何とも言い難い。

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俵谷 龍佑

俵谷 龍佑

京都が好きすぎて移住|25歳で独立|未経験でライターに|顧客課題を共に考える|採用・地方創生とBtoB向けSEOが専門領域|気合いではなく仕組みで解決|トラベルライター|ADHDグレーゾーン|自分らしく働ける人を増やす|大衆食堂と町中華|新しい働き方LAB 京都コミュマネ|ハフコミュ 2期|信楽たぬき|